チーム紹介

正式名称

横河武蔵野アトラスターズ

英語標記

Yokogawa Musashino Atlastars

愛称

武蔵野アトラスターズ

名称の由来

「Atlastars」は「Atlas」と「Stars」からなる造語です

Atlas

「Atlas」は、ギリシャ神話に登場する天を支える巨人です。産業界を縁の下で支えるYOKOGAWAを象徴します。

stars

才能にあふれる豊かな選手の集団を意味します。

武蔵野

当社の本社が在所する武蔵野市で地元に根づいたチームを目指します。スポーツ振興や地域発展の求心力になっていきます。

At last

最後(at last)に勝ち残るのはYOKOGAWAでありたいという思いを込めています 。

終戦直後の1946年にラグビー部の創部を迎えた。

1955年、創部10年目で念願の全国大会出場を果たす。60年代、70年代には青井達也、平島正登、 笹田学、植山信幸ら日本代表選手も輩出した。同時期には全国社会人ラグビー大会の常連としてライバルチームと凌ぎを削った。

1988年には当時のトップリーグにあたる東日本社会人リーグが発足、横河電機は初年度からリーグ所属チームとして活躍した。その後、1990年に関東社会人リーグ1部へ降格するが、2003年にトップリーグが発足すると、その下部リーグ・トップイースト10で毎年順調に順位を上げた。

2006年にラグビー部を「フラッグシップスポーツ」と定めると、翌2007年にトップイースト10で全勝優勝。続くトップチャレンジ1でも勝利し、初のトップリーグ昇格を決めた。

その後、チーム名称を横河武蔵野アトラスターズに決定。2008年、新たなチャレンジの舞台・トップリーグに参戦。残念ながら、1勝12敗の成績でトップイーストへの降格を余儀なくされるが、2009年、再びトップリーグを目指して再スタート。

入替戦に進出するがあと一歩で昇格を逃す。2010年から部員全員が社員選手となる新体制で臨み、トップリーグ復帰を目指す。

チームの戦績

全国社会人ラグビーフットボール選手権大会に全55回中13回出場(うち4強入り3度)
2004年度 ジャパンラグビートップイーストリーグ10 8位
2005年度 ジャパンラグビートップイーストリーグ10 6位
2006年度 ジャパンラグビートップイーストリーグ11 4位
2007年度 ジャパンラグビートップイーストリーグ11 1位
トップチャレンジ1 2位・・・トップリーグへ昇格
2008年度 ジャパンラグビートップリーグ 14位・・・トップイーストに降格
2009年度 ジャパンラグビートップイーストリーグ 2位
トップチャレンジ2 1位・・・トップリーグ入替戦で惜しくも敗れる
2010年度 ジャパンラグビートップイーストリーグ 6位
2011年度 ジャパンラグビートップイーストリーグ 9位
2012年度 ジャパンラグビートップイーストリーグDiv1 7位
2013年度 ジャパンラグビートップイーストリーグDiv1 2位
トップチャレンジ2を1位通過し、トップリーグ入れ替え戦に進出するが、NTTComシャイニングアークスに敗れる。
2014年度 ジャパンラグビートップイーストリーグDiv1 6位
2015年度 ジャパンラグビートップイーストリーグDiv1 8位

チームの歴史

1946年度 ラグビー部創部
1947年度 白地にYEWのマーク入りジャージで初試合
1950年度 対明治生命戦で横縞の登録公認ジャージで初試合
1953年度 都民大会優勝 対東芝府中(21—0)
1955年度 関東甲信越代表戦(新潟県庁)に勝利。創部10年目念願の花園へ第8回全国社会人ラグビー大会2回戦進出"
1956年度 第9回全国社会人ラグビー大会2回戦進出
1957年度 第10回全国社会人ラグビー大会出場
1958年度 第11回全国社会人ラグビー大会出場
1959年度 台湾代表と親善試合(5−13で敗退)
1960年度 第13回全国社会人ラグビー大会準決勝進出。対八幡製鉄(0−26)。
関東社会人ラグビー・フットボール連盟が発足加盟チーム数は1部10社、2部8社、3部16社の34社。
横河電機ラグビー部は1部でスタートした
1961年度 関東社会人第2回秋季大会(トーナメント大会)優勝 対谷藤機械(13−8)
1962年度 関東社会人第3回秋季大会(トーナメント大会)準優勝 対谷藤機械(0−32)。
第15回全国社会人ラグビー大会準決勝進出 対谷藤機械(5−19)
1963年度 英国極東艦隊アルビオン号海軍ラグビー団と親善試合(37−3で快勝)。
第16回全国社会人ラグビー大会2回戦進出。
日本代表が33年ぶりにカナダ遠征を敢行横河電機から監督兼主将として青井達也、選手(TB)として平島正登が参加した
1964年度 第17回全国社会人ラグビー大会出場
1966年度 第19回全国社会人ラグビー大会出場
1967年度 第20回全国社会人ラグビー大会出場
1976年度 日本代表がカナダ遠征、イングランド遠征を敢行。
横河電機から笹田学、植山信幸が参加した
1977年度 第14回東日本社会人ラグビーフットボール大会準優勝 対新日鉄釜石(3−20)。
第30回全国社会人ラグビー大会出場
1978年度 関東社会人第19回秋季大会(1−A) リコーと同率で優勝。
第31回全国社会人ラグビー大会2回戦進出"
1979年度 関東社会人第20回秋季大会(1−B) 5戦全勝で優勝。
秋季大会決勝戦準優勝 対リコー(11−21)"
1980年度 関東社会人第21回秋季大会(1−A) 5戦全勝で優勝。
第17回東日本社会人ラグビーフットボール大会準優勝 対東芝府中(3−9)
1983年度 横河電機・北辰電気が合併 ラグビー部はそれぞれの登録名称で活動継続
1985年度 関東社会人第26回秋季大会(1−B) 4勝1敗で2位 優勝は東芝府中
1987年度 創部40周年を記念して東芝府中OB・現役チームを招き祝賀試合、懇親行事を行う
1988年度 東日本社会人リーグ7戦全敗で最下位 優勝は三洋電機。
東日本社会人リーグが発足横河電機は初年度から参加
1989年度 東日本社会人リーグ1勝6敗で同率6位 優勝はサントリー。
第42回全国社会人ラグビー大会出場。23歳以下日本代表がニュージーランド遠征を敢行横河電機から尾上研が選抜された
1990年度 東日本社会人リーグ7戦全敗で最下位。
入替戦で日本電気に敗れ関東社会人1部リーグに降格
1991年度 関東社会人1部リーグ7戦全勝入替戦対伊勢丹(東日本最下位)戦。14−18で敗退、関東1部に残留。
関東代表が欧州遠征を敢行。スペイン・イタリア・フランスで4試合を行う横河電機から岩崎正義が参加した
1992年度 関東社会人1部リーグ6勝1敗で2位横河電機ラグビー部報「KICK OFF」創刊
2003年度 ファンクラブ「市松会」が発足。関東、関西、九州の上位社会人12チームが名を連ねたトップリーグが発足した。
横河電機はトップリーグの下部リーグ、トップイースト10に属す
2004年度 日本代表WTBで活躍した吉田義人氏がヘッドコーチに就任トップイースト10 8位
2005年度 トップイースト10 6位
2006年度 横河電機がラグビー部を地域を代表するスポーツに育て、青少年育成への貢献を目指し「フラッグシップスポーツ」と定める。
トップイースト11 4位
2007年度 トップイースト11 10戦全勝で初制覇トップチャレンジ1の初戦でマツダに50-0で圧勝。
トップリーグ初昇格を決める
2008年度 トップリーグ参戦にあたりチーム名称を『横河武蔵野アトラスターズ』と命名する。
トップリーグ 14位(1勝12敗)トップイーストへの降格が決まる
2009年度 再び、トップリーグの舞台に立つべく、新たな体制でスタートを切る。
トップイーストリーグ 2位トップチャレンジ2を勝ち上がり、トップリーグ入替戦に進出するが近鉄に8-28で敗れる
2010年度 トップイーストリーグ 6位
2011年度 トップイーストリーグ 9位。トップイーストリーグがDiv1、Div2の2部制に再編成。
アトラスターズはDiv1所属となる
2012年度 トップイーストリーグDiv1 7位
2013年度 トップイーストリーグ 2位。
トップチャレンジ2を1位通過し、トップリーグ入替戦に進出するが、NTTComシャイニングアークスに敗れる